「記録と記憶の違い」
代表取締役 前當 保
(まごの手新聞3月号の記事より)
皆さん、こんにちは!
暖かい沖縄では桜がきれいに咲いて道行く人の心を楽しくなごませてくれます。
でも、桜って凄いですねこの時期に満開に咲くために一年間ずっと真夏の暑い日も、大雨に打たれても折れることなくあの細い枝で頑張って耐えてきたんですよね
小さなつぼみを満開に美しく見せる為に陰で支えるものがいてこそ最高のパフォーマンスが見せられるのでしょうね
そんな中、私達も第二回目の「那覇市民リフォーム祭り」を無事成功に終える事が出来ました。
来場されたお客様の中には「すごく迷って悩んでいた時に相談ができて良かった」と言って頂いた時はお役に立てた嬉しさで益々やる気が湧いてきました。
応援頂いた皆様、本当にありがとうございました。
来場出来なかった方も是非
次回のご参加をお待ちしておりますので宜しくお願いします。
さて沖縄ではプロ野球やサッカーチームでキャンプ一色です夏には地元での高校総体も開催されます。
世界ではバンクーバーオリンピックでアスリートの方が輝いています。
その中で、現在アメリカでスキーのインストラクターを勤めるある女性の素敵なお話をご紹介させてください。
1984年ロサンゼルス・オリンピック。
この大会から、正式種目として女子マラソンが採用されました。
猛暑の中、初代金メダリストは地元アメリカの選手で大いに盛り上がっています。
過酷なロスの暑さに予想以上の脱落者が出る中次々とゴールへ選手が入っていきます。
そんな中、競技場がどよめき実況アナが叫びだしました。
解説者も危険を察し競技場全体が異様な雰囲気に変わり始めました。
競技場に入ってきた一人のランナーに釘付けです。
熱中症となり、フラフラとしながらもひたすらゴールを目指す選手。
彼女を観た観衆は騒然となりますアスリートの姿ではなくまるで、瀕死の重傷人です。
駆け寄るドクターや係員に対し首を横に振りながらも必死に走ります。
係員の手に体を委ねた瞬間、失格となります。それを拒否し、一歩、また一歩と進みます
壮絶な彼女の闘いには誰も立ち入れません世界中が人間の踏み入れられない領域というものを目の当たりにさせられた瞬間です。
残り数メートル、右足はほとんど動かず右手はぶらつき夢遊病者のような中大観衆の声援に後押しされゴールと同時に係員に抱え込まれました。
そのまま医務室へ運ばれ手当てを受けます。
その後、回復して元気を取り戻した彼女は
「他のマラソンなら棄権していました。でも、歴史的な五輪の大会なのでどうしてもゴールしたかったのです。
私の事が大きく報道されるが、私よりも最後まできちんと走ってゴールした選手達をもっと取り上げるべきだ」と語り。
「人生最悪のレースだった」と自ら評していた彼女ですがあれから26年が過ぎた今
なぜか当時の金メダリストの名前は記憶にないが35位で通過したスイスのアンデルセン選手だけは人々の心に焼き付いて離れません。
ようやく「みんなの為になったのであればあの時、あきらめないで良かった」と言います。
記録よりも記憶に残る選手のお話でした。
おわり
前當 保















